REPORT
レポート
原付で日本最北端へ 福岡→宗谷岬 2,750km修行の旅|スタッフ遊びレポート
FREE CAMPスタッフのれおです。
2026年10月19日から11月2日までの15日間。
福岡から原付で、日本最北端の宗谷岬を目指す「修行の旅」に行ってきました!
メンバーは、社員チームのれお・ゆぐ・まぎー、そしてコビーとかめの5人。
行きはすべて陸路。日本海側をひたすら北上します。
旅の様子は、動画にもまとめました。

そもそも「修行の旅」って?
FREE CAMPでは、キャンプでも、年間プログラムでも、The DAIGAKUでも、
子どもたちに「やってみよう」「挑戦してみよう」と声をかけることがたくさんあります。
子どもたちにそれを求めているのに、僕ら大人が未知の体験に飛び込まないでどうする。
ということで、スタッフが自分たちで知らない場所に飛び込んで、どんどんインプットしてくるのが「修行の旅」です。
これまでは、ヨーロッパを格安レンタカーで移動したり、個々の修行の旅では、対馬の漁師さんの住み込み手伝いをさせてもらったり、北海道で暮らしたり、瞑想の修行プログラムに行ったりしています。
出発、遅すぎる
10月19日、DAY1。
前日まで日帰りプログラムが続いていて、全員ちょっと疲れ気味のスタート。
最初は朝5時に集合して出発するつもりでしたが、さすがに無理だと前日に話し合い、10時集合に変更しました。
そして走り出してすぐ、絶望します。
みんな原付で長距離を走ったことがないので、とにかく遅い。信号にもやたら引っかかる。
「これ、チャリのが早くね?」

関門トンネルの人道を原付を押して歩いて、九州脱出。
とはいえ、進み出したら意外と快調。天気もよく、半袖で走れる日でした。
インカム繋がらない。
5人で走るので、ヘルメットにインカム(無線で会話できる機械)を付けていました。
…が、初日はこれが一部の人しか繋がらない。
かめはずっと繋がっていなくて、一人で頑張って走っている状態でした。

2日目の朝。コビーが早起きして、コビーを中心にインカムを調整。
全員が繋がって、スタートできました。
「インカムが繋がったのが嬉しくて、早く出発したいなみたいな気持ち」
ゴールどこにする?
10月20日、DAY2。出雲大社でお守りを買って、宍道湖を抜けて、米子の手前の安来へ。
その夜、宿で作戦会議をしました。議題は、この旅のゴールをどこにするか。

正直に言うと、僕はこの時まで宗谷岬に行く気はあまりありませんでした。
5人の中に、かなり体力差もあります。チャリ旅とか大好きなメンバーもいれば、そうじゃないメンバーも。原付バイクに乗ったことある人もない人もいる、もっというと日常的に運転している、していないもかなり負荷が違うはずです。
負荷が違うメンバーで、誰かだけがしんどくて頑張らなければいけないゴール設定にはしたくない。
そんな思惑もあって、スタート時は「とりあえず2日くらい進んで、実際どれくらい進めるのか考えてから最終的なゴールをコミットしよう。」「あまりにも宗谷岬が厳しいならば、札幌ゴールも全然ありだろう」と言う話で進んでいました。
ゆぐからは「れおはずっと、宗谷岬じゃない案ばっかり。すごい弱気やなと思った」と言われました。
負荷が高い側も、行く!といえば、それはかなり頑張ることを意味する。
負荷が低い側も、安全に連れて行くという責任や、負荷の高い人だけが頑張らないといけない状態にしない。っていう責任が出る。
それにコミットするのか?という話し合いでした。
諦めるには、まだやれることがある。
本気で宗谷岬に行くことにコミットしてみよう。
ゴールは、宗谷岬に決まりました。
雨の小浜で待っていてくれた人
10月21日、DAY3。朝から小雨。雲に隠れた大山を横目に、鳥取砂丘を経てさらに東へ。

この日のゴールは福井県の小浜。FREE CAMPスタッフ・スカイの実家があるところです。
雨の小浜で、スカイのお母さんと妹さんが待っていてくれました。
待っていてくれる人がいるって、すごい。本当にありがたかったです。夜はみんなで、うまい中華を食べました。
翌日は快晴。オイル交換をして、福井名物のソースカツ丼を食べて、金沢へ。

コビー、パンク
10月23日、DAY5。金沢から新潟まで、約320km。
新潟はコビーの地元。コビーおすすめのラーメン屋さんが夕方6時半に閉まると聞いて、出発を1時間前倒しにして急ぎました。

もうあとちょっと。夕焼けがすごくきれいな田園風景。
そんなとき、コビーのバイクが急にヨラヨラし始めます。
ガムでもくっついたかなと思って進んだら、明らかにおかしい。止まってみると、パンクしていました。

ロードサービスを呼んで、トラックに原付を積んで、新潟市内のバイク屋さんへ。

閉店ギリギリだったのに、バイク屋さんは夜7時に待っていてくれました。
新潟ラーメン
夜8時半、新潟駅前。コビーおすすめのラーメン屋さんへ。
ここで、この旅で一番ひどい話し合いが起きました。
旅の途中も、FREE CAMPの仕事は続いています。半休の日を作ったのに、その日も話し合いで業務が進まない。
疲れてピリついた雰囲気の中、まぎーが「それ進めてないけど大丈夫?」と言い、ゆぐは「言われなくても、できてないことは分かってる」と強めに返す。
不満をぶつけ合うだけで、誰も話を聞いてもらえた感じがなく、防御のための攻撃をして終わる。
ラーメンが届いたら「いいから食おう」。
せっかくコビーが地元の店を案内してくれたのに、地獄みたいな雰囲気でした。
「社員ミーティングでも、あんなに建設的じゃない話し合いはない」
翌朝、もう一回話す
翌朝の日記には「朝、最悪の気分」と書かれていました。
「みんなと話し合うのが怖い。うまく聞けるか、また取り乱さないか。でもチームのことだから、逃げずに行く」
まぎーはこの朝、リタイアも考えていました。
この旅の構成上、どうしても自分がずっとケアされる側になってしまう。このまま続けても、自分に自信をなくして、自分のことが嫌いになるかもしれない。一度、安心できる場所に帰って休む必要があるかもしれない。
朝9時からレンタル会社に電話して、体調不良で原付を陸送できるかまで調べていました。
(「パンクは同じ車体ですか?」と聞かれて「違います」と答えたら、電話口で「ああ…」と言われたそうです)

パンク修理を待つ間に、5人でもう一度話し合いました。
前の晩とちがって、今度は聴き合う時間にできました。何がやりたかったのか、何にもやもやしているのか、もう一回聞き直したいこと。
この中で一番負荷が高いのは、まぎー。まぎーがしっかり休めて、行けると思えるプランに調整し直さないと、あと1週間続けるのは無理。
毎日ゴールしたあと、ずっと一緒にいると知らないうちに休めていない。だから、ゴールしたら各自の時間をちゃんと取る。寝る場所で作戦会議をするのはやめる。
そのうえで、宗谷岬は引き続き目指そうと、もう一度みんなで決めました。
北海道へ
新潟から酒田へ。10月25日は酒田から青森まで走って、フェリーで函館へ。

フェリーの中で、床が濡れていて、まぎーの原付がスケートみたいに滑って転倒。ケガはなく、本人いわく「めっちゃ恥ずかしかった」。
10月26日、ついに北海道上陸。函館からニセコへ。
10月27日はニセコから天塩まで。朝4時半起き、5時半出発の長い一日でした。

10/28 暴風雨
天塩には前日どうにか到着。宗谷岬まで、あと約70km。
ところが28日は、天気図がとんでもないことに。暴風とみぞれ、内陸は雪。
メンバーのひとりが事前にChatGPTに聞いたら「暴風であなたのプランは危ない」と言われていたのですが、それを聞いたれおは「チャッピーなんか当てになるかよ」。当たっていました。
この日は天塩で終日ステイ。

旅館の人に借りた傘は、外に出た瞬間に裏返って、そのまま返却しました。
北海道の北の方で一番怖いのは、パンクや転倒などのマシントラブル。周りに本当に何もありません。
5人で旅の前半を振り返る座談会を収録して、最後の宗谷岬に備えました。
宗谷岬アタック
10月29日、DAY11。前日からの風が残る中での挑戦です。

まっすぐ走れないほどの横風。

日本最北端、宗谷岬、到着!
福岡を出て11日目でした。
ところが本番は帰り道。轍以外は雪がついた道路に、冷たい雨。対向車からは容赦なく水しぶきを浴びせられます。

遠別で出会った人
その夜は遠別まで。雨風とクマにおびえながらキャンプをするつもりでした。
ところが銭湯で知り合った方が「庭とガレージ使っていいよ」と声をかけてくださいました。
おかげでぐっすり眠れました。

翌朝、泊めてくださったご家族と。本当にありがとうございました。
フェリー欠航
10月30日、DAY12。遠別から小樽へ。小樽からフェリーに乗れば、あとは帰るだけ。
…と思ったら、小樽発のフェリーが欠航。
振り替え先は、数時間後に苫小牧東港から出る便。「苫小牧ってどこ?」
それに乗れなければ全額返金、とのこと。間に合わせるしかありません。
夜の道を苫小牧へ。道中、鹿がめちゃくちゃいました。

10月31日の0時半、苫小牧東港からなんとか乗船。
そして福岡へ
11月1日に敦賀に上陸して神戸へ。たこ焼きを食べて、神戸からフェリーで新門司へ。
11月2日、博多駅でゴール。

借りていた原付を、お店に返却。

15日間、約2,750km。福岡から宗谷岬へ行って、帰ってきました。
れおの気づき
チャレンジは、やっぱり面白い。
ゴールに向けて努力する感じ。うまくいきそうで、いかなくて悔しい感じ。予定外・予想外のことが起きて、対応を余儀なくされる感じ。全部ひっくるめて、面白い。
意味がないように見えることにも、一生懸命チャレンジし続けられる人でいたい。改めてそう思いました。
そして、そのチャレンジを一緒にしてくれる仲間がいることが、本当にありがたい。
5人の負荷
5人とも、いつも一緒にプログラムをやっているメンバーです。言いにくいことがある、言いたいことが言えない、という関係ではありません。
それでも、疲れてきて少しでもコミュニケーションが雑になると、すぐにすれ違いました。前提がずれたり、配慮が伝わらなかったり。新潟の夜は、まさにそれでした。
うまく言葉にできない。うまく行動に出せない。本当はそうしたくないのになぁ。
怒ってしまったんだね。諦めて、突き放したくなったんだね。「もういい」って言ってしまったんだね。
これ、プログラム中の子どもたちの「あるある」です。
でも、自分の中にも同じものがありました。自分のことで精一杯になって視野が狭くなる感じ。配慮を言葉や行動で示す余力なんて、一ミリもない状態。そういうコミュニケーションの幼さが自分の中にもたくさんあることに気づかされ、向き合わされた旅でした。
はっきり分かったのは、疲れた状態はコミュニケーションの質を一気に下げる、ということ。笑
まだまだゆっくり振り返りたいことはありますが、ひとまずのレポートでした。
ご協力いただいた皆さん、応援いただいた皆さん、ありがとうございました!
FREE CAMP れお